患者さんは、40代女性。2011年にインプラントを右上奥歯に埋入し、そのあとは定期的なメンテナンスを受けることもなく、何か気になることがあるときにだけ来院し、治療をうけていた。飲食店経営者で生活は不規則、さらヘビースモーカーでした。

治療を担当し始めたのは、2016年10月。 その時にはすでに右上奥歯のインプラントはかなり骨吸収してきており保存不可能な状態、上顎は残存歯も不適切な根管治療がなされており、予後はそれほど見込めない状態でした。

まずは禁煙指導から始め、確実な歯磨きができるようになるまで、ブラッシング指導を行い、治療を進めていきました。

具体的な診査診断の項目や治療の手順については、こちらの記事を参考してください。

米国の専門医が行っている診査診断、検査について その1

この方の問題点は骨格性のⅢ級、つまり少し受け口気味で、リップサポートが不足しており、さらにインプラント埋入部位の骨吸収が進み、再オペが難しいと考えられたことです。

一方、下顎は奥歯が欠損していたことで、咬合支持の確立と前歯のリップサポート、発音、アンテリアガイダンスなど、この方にふさわしい嚙み合わせをいかに付与するか、詳細にかつ入念に考察し、治療計画を立て治療を進める必要がありました。

まずは上顎の歯をすべて抜歯し、それと同時に治療用の総義歯をセット。

抜歯後、同時に総義歯をセット

右上に埋入されていたインプラント

撤去したインプラントには大量の歯石が沈着していた。

 

 

 

 

 

 

咬み合わせ、高さ、発音、審美性などの分析を進めながら、骨と歯茎の治りを待つこと6か月。その間に残っている下の歯を保存するための歯周治療を断続的に行いました。

そのあと上顎は6本のインプラントを埋入し、ワンユニットに連結。下顎は奥歯にインプラントを使用し、左側は3本の連結ブリッジ。顎位は安定しており、強いかみしめや顎関節に症状なども見られなかったので、かみ合わせは犬歯誘導を採用しました。

最終的に治療が終了したのは、なんと本日2022年1月20日。つまり治療終了まで5年以上も要したことになりました。この方は仕事で夜遅くなり不規則な生活スタイルで、無断キャンセルで治療がままならないこともあったことを差し引いても長くかかってしまいました。

今後起きうるリスクとしては、リップサポート部位をかなり前方に張り出したので、その床辺縁部の清掃性が問題になるかもしれません。

もちろんインプラント部位のインプラント周囲炎のリスクもスモーカーゆえに高い。カリエスリスクそのものも高い。

できれば3か月に一度はメンテナンス、クリーニング、かみ合わせのチェックに来院が必要となるでしょう。

治療費は総額で450万円程。

たしかに、これだけきくと高額に感じるかもしれないが、5年間で治療回数は月に1~2回。1回だとしても50回。

おそらくそれ以上は来院されており、加えてそれに技工の費用がかかっています。

治療の難易度、今後発生するであろうトラブルへの対応なども総合的に勘案すると、それほど生意気な治療費とは感じていないが、皆さんはどう感じるでしょうか?

治療費はともかく、私が言いたいのは、こうした全額的な治療を行いながら、保険診療も同時に行っていくのはかなり難しいということです。

少なくても、私にはそうした柔軟性は備わっていないため、当院では再生療法や根管治療、小さな虫歯の保存修復処置でさえ各専門のドクターに任せています。

大変な思いをして治療をうけられてきた患者さんの笑顔をみるたびに、そうした効率的なシステムを組むことが、専門領域を横断してなされるチーム医療こそが、最も効果的な結果を得るための手段であると信じています。